2015年10月31日

2015/10/31 2015/10/31(Sat)


荘子・中公クラシックス

2015年10月31日(土)
p15・16 重厚と軽妙との交錯

引用p16:
〜重厚の源である自己の内に向かって沈潜していく下方向と、軽妙の源である自己の外に向かって飛翔していく上方向とが、結局のところ、まったく同一のポイントに向かって進んでいる、〜「道」を目指している、ことから来るように思われる。



引用者(kurage0147130):
 菜根譚とは違い、実用書というより、言いたいことがあって、考えもあって、それに向かって表現を変えながら迫っていくみたいな、哲学の本なのかなと想像した。僕は何もわかっていない。

 内面に向かう方向と、外に向かう方向の両方向で書かれているらしい。この訳者が、感じていたことなのだろう。



老子 岩波文庫ワイド
2015年10月31日(土)

p31〜33 第五章

 天地も聖人も仁愛などないと言っている。天地も聖人も何のことかはっきりしないし、仁愛もはっきりしないけれど、殺伐とした、冷たく突き放した世界にいるのだなと感じる。でも相変わらず、何を言いたいのかわからない。

 なんだかわからないので、昨日はインターネットをダラダラし、検索して、アマゾン、bookoff、駿河屋の本を調べ、

老子と太極拳、
老子入門(講談社学術文庫)

を買ってみた。本に金をつぎ込むのは気にしていない。僕の趣味はないので金はかからない。
 

posted by kurage0147130 at 21:02| 北海道 ☔| Comment(0) | 荘子・老子の読書感想 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年10月30日

2015/10/30(金曜日)


荘子
2015年10月30日(金)

前段p13〜15:逍遥遊の世界

本文:p10引用

〜というのも、内にある自己と外にある世間の評価とが無関係であることを知り、真の栄誉と真の汚辱とが何であるかの区別を明らかにしているという、このひとことによるのである。〜


引用者:周りに引きずり回されない、自分自身の自己を持ち、その自己も執着ではなく、その前の文にもあったけれど、もっと大きなものに向かっていくという、道(タオ)とかいうらしいものへと進む、自己に限定されない、飛翔する人らしい。僕は自分の日常に振り回され、負けているけれど、日常の生活を笑えるようになれたら、この本を読み終わる時は大きなものに揺られるようになれればと妄想が広がる。



老子

2015年10月30日(金)

p27〜30 第四章

 p27引用: 知恵のするどさを弱め、知恵によっておこる煩わしさを解きほぐし、知恵の光を和らげ、世の中の人々に同化する。


引用者:世間の人に知恵によってすぐれようとするのではなく、同化する。特別なものを求めず、ただの人になる。他の部分は難しくて理解できない。抽象すぎるともいえる。この本は解説がなく、理解のガイドラインがないので、初心者の僕には難解だ。いい本ないか? 
posted by kurage0147130 at 21:42| 北海道 ☔| Comment(0) | 荘子・老子の読書感想 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年10月29日

2015/10/29(Thu)

荘子:

荘子T 中公クラシックス
2015/10/29(Thu)
前段〜p12
ここまで読んで、p44を参照せよとあるけれど、これを読んでの感想は、例えば女性について。女性を得たとしても自分の孤独や問題は何も変わらない。環境は変わる。ややこしくなるかもしれない。女性女性と大騒ぎしているけれど、かえって限定されてしまうかもしれない。女性やパパになることをもうちょっと調べたい。
 p32を参照せよとあるけれど、たしかに毎日あくせくして、何に憑りつかれているというのだ。作業所だ、目標だと騒ぐけれど、人間の中での暮らしで、最小単位の家族の中での暮らしだ。僕は何を急いで、何を焦るのか。どうあがいても生活を送っているだけだ。毎日バカ騒ぎをしているに過ぎない。バカ騒ぎをどうすれば降りられるのか。
 暮らしがあるのみだ。


老子:

老子 岩波文庫ワイド
2015年10月29日(木)
p18
 シネマ歌舞伎 籠釣瓶花街酔醒 を見てきたけれど、スターの中村勘九郎?と坂東玉三郎がいる。この人たちは確かに必要だ。けれどわき役に楽しませてもらった。わき役の人達がけっこう頑張っていた。スターと脇役。どちらがいいというわけでもない。両方が必要だ。全員で、松竹歌舞伎だ。だれがどうというわけではない。みんなで舞台を作っている。裏方まで含めて、全員での舞台で、観客も舞台を作っている。観客に見せるために興業はある。映画館で見た僕も、ライブではないけれど舞台を作っている。映画の僕も支えている。だから僕にも発言権はある。せこい発想だけれど。
p24第三章
 新聞日曜日の本のコーナーの島田雅彦へのインタビューで今の政治は極右だとあったけれど、それなら今の状態を表せているなと思った。僕は政治に疎く自分の意見はないけれど、過激な展開には恐ろしさを感じる。穏便な政治というのは今の時代に無理なのかもしれないけれど、その方向を政治に期待している。今の体制にはついていきたくないと感じる。批判はあるでしょうが僕の感じ方になります。
posted by kurage0147130 at 20:11| 北海道 ☔| Comment(0) | 荘子・老子の読書感想 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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