2016年02月13日

(掃除・一度は書いてみたかった)荘子 斉物論篇 22

2016年2月13日(土)
荘子Ⅰ 中公クラシックス 森三樹三郎
内篇 第二 斉物論篇
p63~65
22
 難しくてよくわからない。


 クジャクシがチョウゴシに尋ねて言う。

クジャクシ「聖人はわが道を行くけれど、真実を語ったり、何も言わなかったり、俗人の外に遊ぶものだと。これだから霊妙な道の表れだ。」

チョウゴシ「きみは早合点だよ。霊妙な道の表れなどと言えるのかね。きみにでたらめを言ってみよう。聖人は宇宙を遊び、万物を一体にし、混沌に沈み、卑しいものを貴く扱い、価値の差別をなくす。万年の変化に身を任せ、道を守り、万物とともにある。」

 と、森三樹三郎の素晴らしい訳とは違い、僕の捏造、偽造の意訳に終始しました。本当のところは、本を読んでね。




 チョウゴシのところの会話は、でたらめだと言いつつ、老子の一番言いたいところなのだろう。謙遜というか、低めた上で、主張しているのだろう。僕も倣(なら)った。


 僕の道に対する見方は、今のところ母なるものかなと。独立しつつ、混沌にあり、自立し、かき混ざった状態の、万物そのもののような混然一体の境地なのかなと、文字をいじくってみた。僕は何も掴んでいないので、何も言う立場にはない。

一度太極拳を通してできるようにしてみたい。まだ、手の回転だけなので。





最後にも引用:森三樹三郎:p65:

*「万物尽く(ことごとく)然り(しかり)として、是を以て(もって)相蘊む(あいつつむ)」という態度、すなわち万物の価値に差別をつけず、すべてをそのままでよいとし、いっさいを肯定するという態度は、そのまま万物斉同の境地を示すものである。

と、森三樹三郎氏の文章を引用しました。
posted by kurage0147130 at 20:22| 北海道 ☔| Comment(0) | 荘子・老子の読書感想 | 更新情報をチェックする
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