2016年02月14日

老子 36章

2016年2月14日(日)
老子 蜂屋邦夫 岩波文庫ワイド
第36章 p169~172

 この内容、聞いたことがあるような。最後の文からすると、統治者の心構えのようなものかなと思った。

 蜂屋邦夫先生の訳を読んで、意訳しました。正確ではありません。

kurage0147130 :「縮めてやりたければ、拡張させろ。弱めようと思うならば、強めよ。潰そうと思うなら、
調子を上げてやれ。奪いたいなら、与えよ。これを明知という。柔弱は剛強に勝つ。人民を重い権勢の下に置き、政治の手の内は人民に見せるな。」 と意訳しました。

下敷きは蜂屋先生の訳です。僕のこの意訳は間違いの可能性があるので、蜂屋先生の訳を必ず参照してください。



 読んでの感想は、相手から手に入れたいものがあるなら、奪おうとするより、与えてから取れ。相手に勢いをもたせてから、潰せ、みたいなかなり現実的な、処世術のような、どす黒いやり方と方法論だ。へヴィーで、重い内容。でも、真実味がある。偉い人の考え方に近いような、僕のような庶民が使うべきでない、心持ちように思う。



老子の講義 諸橋轍次 大修館書店
p74~76

 最後の文の利器を、知識才能と訳しているのが、諸橋先生の訳。訳も違ってきて、知識才能は人に示すべきでないというような訳になっている。そして最初の方の弱めようと思えば強めてやれというのも、植物のことで訳してある。この植物のたとえは僕も、蜂屋先生の訳を読んでいて頭をよぎったけれど、どうなのだろうと思った。




老子入門 楠山春樹 講談社学術文庫

p188 では、この章は権謀術数のことを言っていると。この言葉が的を得ている。




老子と太極拳 清水豊
p132

引用「こうした微細なレベルでの知覚を得ることを、太極拳では覚勁(かくけい)という。」とあった。

この微細な知覚をえれば、相手の攻撃の前の微調を察知し、回避できるので有利だとか、そのようなことが書かれていた。太極拳自体が強いことを競うのではなく、柔弱な中の力強さを目指す面があるとか。
posted by kurage0147130 at 20:57| 北海道 ☔| Comment(0) | 荘子・老子の読書感想 | 更新情報をチェックする
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