2016年02月19日

荘子 25 一個飛ばし、間違った。

2016年2月19日(金)
荘子T 中公クラシックス 森三樹三郎
内篇 第二 斉物論篇
p68〜71
25
 一個飛ばして、24をやらなかった。忘れました。
 25をやります。

 森三樹三郎先生の訳を読んでまとめます。


(  チョウゴシが「私とお前と議論して、私が勝ったら私が正しくお前が間違いなのか、お前が勝ったら、お前が正しく私が間違いなのか。片一方が間違いなのか、両方が間違いなのか。私とお前とだけでは解決できないので、他の人を呼ぼうと思うけれど、その人も混乱するだろう。

 では、お前と同じ立場の人を呼んだら、それも正しくない。私と同じ立場の人を呼んでも、それも正しくない。

 両方と違う意見の他者を呼んでも、正しく判断できない。両方と同じ意見の他者も、これも正しく判断できない。

 よって、私、お前、他者、誰にも判断できない。

 そこで、天倪(てんげい)の立場が必要になる。

 意見の対立、本当に正しい立場なら、間違った立場とは相いれないのだから議論が起こらない。正しいのなら、間違っているのとは相いれず、議論は起こらない。

 ということは議論が起こるのは、主観的に見ているからだということであり、主観だから議論などないようなものだ。このような主観の対立を天倪で調停し、和にするのが道である。

 時間を忘れ、対立を忘れ、無限に遊べば道の境地に至る。





この文章はすべて森三樹三郎先生の訳を下敷きにし、kurage0147130が、主観によってまとめたもので、正しいわけではありません。先生の訳を読んで判断してください。


 おもしろいですね。対立は無意味だと喝破している。歩み寄り、調停し、和になるようにすることが大事だと思う。無駄な争いにエネルギーを使うのはバカバカしい。対立に正当性を持ち込まないこの考え方は好きだなあ。
posted by kurage0147130 at 21:56| 北海道 ☔| Comment(0) | 荘子・老子の読書感想 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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