2016年03月01日

老子 39章



2016年3月1日(火)


老子 蜂屋邦夫 岩波文庫ワイド
第39章 p184~192

引用します。全文ではなくて、つまみ食い引用。

(引用:p184~185:蜂屋邦夫:
「~天は一を得て清らかに、~谷は一を得て水が満ち、~王侯は一を得て天下の長となった。
~天はずっと清いままであろうとすれば裂けてしまうと思われるし、~谷はずっと満ちたままであろうとすれば涸れてしまうと思われるし、~王侯はずっと高貴なままであろうとすれば倒れてしまうと思われる。
 だから、貴い(たっとい)ものはかならず賤しい(いやしい)ものを根本とし、高いものはかならず低いものを基本としている。~
~」)



引用者:kurage0147130:もっと引用したいけれど、やりすぎだと転載になりそうなので割愛。


 谷のところの引用のところを読んでいると、谷自身が水を満たす一を得るところが、谷自身の限界、水が満ち続けることは涸れてしまうということにつながる、という指摘がある。


 そして、貴いと賤しい、高いと低いのワンセットで物事を見る。谷にいつでも水を満たそうとするのは限界をフル稼働させるようなもので爆発してしまうし(涸れる)、満ちた状態と涸れた状態ワンセットで見る必要がある。どちらかだけの、満ちる状態だけを求めるのは、そのものの限界を使い続けるようなもので破綻をきたす。満ちた状態と涸れた状態の両方を使う、両方をバランスよく見て使い行き来することがバランスの良い流れだと思う。政治の王侯のはなしも訳に出ている。今回引用しませんでしたが。



 僕の話だと、輝かそうと、栄光ばかり求めたり、結果だけを求めるのは、光だけ求め限界を進もうとすることになり、輝かない状態、陰の部分、沈んだりする、負の部分を積極的に自分の生活に盛り込むことはバランスにつながると思う。僕はバランスを欠いている。

そして、アドラーのように、現在の光らない自分を受け入れず、未来ばかり生きようとしている。

現在の光らない、日陰の、

作業所暮らしの楽しい毎日(最近は特に鬱々しているから、敢えて逆に表現し、暗い毎日を照らした表現で枠からはみ出そうとした)、

挑戦者を強いられる交通機関(僕を殴りたい奴らが寄ってくる)、

楽しい図書館(否定してくるうるさい奴らなので、逆の表現をした)を認め受け入れる、そこを脱出する未来を見るのではなく、その負の連鎖を含めた現在を愛する、毎日の負を肯定する、その負と光らそうとする未来を一緒にする、混ぜる、いや、負を基本とする(蜂屋邦夫先生の表現を借りた)見方が、いま一番必要とされていると思う。


 負の現在に軸足を置き、明るい未来も描いてみたいねと、ちょっと思う、そういうスタンス。負の現在とがっぷり四(よ)つ(相撲用語)に組めんもんかね。


 楽しくない毎日、楽しくない作業所、楽しくない交通機関、楽しくない図書館、うんざりするくらい負け戦が続いている毎日。これと、正面から取り組めないもんかね。

<おわり>

続きは
右の
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のところに書きました。大した分量ではないです。本当にちょっとだけの続き。
posted by kurage0147130 at 11:38| 北海道 ☔| Comment(0) | 荘子・老子の読書感想 | 更新情報をチェックする
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