2016年03月13日

荘子 養生主篇 1



2016年3月13日(日)

荘子T 中公クラシックス 森三樹三郎
内篇 第三 養生主篇
p75〜76
1

 この 1 は、紛れ込んだものではないかと、森三樹三郎先生は仰る。でも内篇にあるので、一応触れます。全訳文を載せず、途中まで引用します。



(引用:p75:森三樹三郎:「 われわれの人生には限りがあり、しかもわれわれの知のはたらきには際限がない。限りある人生を、限りない知識欲に従わせることは、自分の身をあぶなくするだけである。身をあぶなくしながら、なおも知の欲求に従うことは、いよいよ危険きわまることだ。〜」と、引用しました。)


 引用者:kurage0147130:このあと、悪に行っても、刑罰に近づくなとか、書かれている。悪を否定しないんだなとは思った。確かに森三樹三郎先生の仰るように、処世訓のようで、鬱陶しくもある。


 引用したところは、知識というものへの絶対的な信頼をあぶないと退けている。自分を運営するにあたって、どういう考えで動かすかは、各人に任せられている。法律という縛りもある。間違った知識で自分を動かすのは困る。しかし、本人には間違っているか正しいか見えない。過去になってしまっても、間違った知識で動かしたことを後悔する人は少ないと思う。

僕も誤りはたくさんしてきた。ずるいこともしてきた。悪も為した。後悔はない。今では間違っていたと思う。けれど若かったので仕方がないと開き直っている。


 現在において、最善の考え方に自分を従わせたいとは望んでいるけれど、現実との兼ね合いでズルいことも誤ったこともする。でも、やはり、良い考えを持ちたいとは望む。
posted by kurage0147130 at 12:08| 北海道 ☔| Comment(0) | 荘子・老子の読書感想 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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