2016年03月21日

老子 41 (大器晩成 含む)

2016年3月21日(月)
老子 蜂屋邦夫 岩波文庫ワイド
第41章 p195~201

kurage0147130の勝手なつまみ食い引用

(引用:p195・:蜂屋邦夫:「~本当に明らかな道は暗いように見え、本当に進んでいく道は退(しりぞ)いているように見え、本当に平らな道はでこぼこしているように見える。~」:

p198:蜂屋邦夫の注・五:「~これらの句は無為自然の道の立場から世の中の常識をくつがえしたものと解釈されているが、一般論としても、物事には極限まで行くと反転する場合がある。ここは、そのことを老子が発見したものとも解しうる。~」)

と、引用しました。





引用者:kurage0147130:「物事には極限まで行くと反転する場合がある。」というのには、痺れますねえ。かっこいいです。僕もそうありたいです。



(引用:p199~200:蜂屋邦夫の注 九 大器晩成:「~「器」は完成した形であってこそ「器」であるが、「大」がつくと無限の意味が加わって、完成しないということになる。「晩成」は、おそくても完成するということであるから、肯定の意味であるが、元来、大いなる器は完成しないというのが『老子』の本義であった。~」)


引用者:kurage0147130:大器晩成が、「大いなる器は完成しない」というのが本当の意味であったらしくて、器が大のどこまでも広がって完成を迎えられないというような意味なのかと理解したけれど、正しいかな? 公用句(正しく僕は使えているのか?)の意味と本義が違っているのも楽しい。
posted by kurage0147130 at 19:37| 北海道 ☔| Comment(0) | 荘子・老子の読書感想 | 更新情報をチェックする
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