2016年03月22日

老子 41 (続き)道の柔らかい見方もある




2016年3月22日(火)


老子の講義 諸橋轍次 大修館書店 1973
41章
p88~90


(引用:p89:諸橋轍次:
「~中位(ちゅうくらい)の人々は、道を聞けば、半ば理解し、半ば理解しておらないから、従って信ずるが如く信ぜざるが如き態度を取る。~」)


(引用:p90:諸橋轍次:
「~十、最も大いなる製作品は、かえって未製品の如きものである。(この晩成は、未製の意であって、出来上がることのない意であり、これは、大制は割くことなしと同一の表現である。今日、大器晩成の四字を、偉大な人物は晩年になって成功する意に用いておるのは、この語の転用である。)~」 )




引用者:kurage014713:

最初のは、中士のことを言っていて、その前に上士の説明があり、後ろに下士のことが書かれている。三つを比較することによって、言いたいことを表しわかりやすくしたのだろう。

 もう一つの引用は、昨日からの続きの大器晩成の説明・注です。こちらもわかりやすいです。




老子と太極拳 清水豊 ビイング・ネット・プレス
第41章 p146~148
つまみ食い引用

(引用:p147:清水豊:
「~それは、おおいなる道には心地よさがあるからである。おおいなる道が、万人に与える感じは、春の風やほろ酔いの気分にたとえられる。こうした心地よさが、おおいなる道にはあるのである。~~

老子は、おおいなる道というものは、よくは分からないが、なにかしら楽しいものである、と言っているのである。八卦拳では、こうした楽しさのことを「滋味」という。~」)


引用者:kurage0147130:鄭子太極拳37式を勧めている。これが一番深まりがあって、道に近いらしい。(そうは書いていないが、僕の理解)

 無意識が活性化される、円運動だけでも、やらないよりはましかもしれないと、とても初心者の僕は思った。
posted by kurage0147130 at 21:47| 北海道 ☔| Comment(0) | 荘子・老子の読書感想 | 更新情報をチェックする
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